LINEブロックされたってよ

前回の書き込みから早くも2か月以上が経ちました。

書き綴れないほどにいっろーーーーんなことがありました。

そのなかでも墓場まで持っていくべきことを忘れないように記そうと思います。

 

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12月上旬、1年8か月付き合った人と別れました。

就活中も就活後も忙しくして会えなくても、我儘ひとつ言わず(ちょいちょいネチネチしたLINEはされたけど)待っていてくれる心優しい人でした。

しかし前々からLINEや電話ではギクシャクする2人。それが気付かないうちに少しずつ溜まっていたのだと思います。

本心なのか意固地になっているのか判断がつかない態度で

「結婚したいと思ってる。絶対別れないから」と言ってくる彼に対し、

「お互い好きだけど上手くいかないからリセットしよう」と同意を求め別れることとなりました。

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年が明け、1月中旬に彼から「近況報告をしよう」との誘いが来たので2人で飲みに行くことになりました。

話も中盤に差し掛かり、新しい彼女ができたと彼から報告されました。なんとお相手は高校時代に2度別れた子。(その子しかおらんのかいっ!)

 

時間はあっという間に過ぎ、4時間楽しくおしゃべりしました。(別れるとびっくりするくらい気楽に話せるなぁ)

最後まで「今日も楽しかったね」「付き合えてよかった」などと話し、別れて帰路につきました。

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あまりにも綺麗な思い出になりすぎていて、

彼が次の人に向き合えないのではないかと思い、

事実を話そうと決心しました。

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以下、帰宅後彼に電話で話した内容です。

 

彼と付き合っていたラスト1か月、別の人A君とお付き合いを始めていました。

A君は彼へ抱いていた直しようのない点への不満(話の解釈にズレがある・返答もズレがある・行動スピードが遅い等)(些細なことに感じるが意外とストレス)がありませんでした。この人にもう少し近づきたいなぁと思い、A君にも嘘をつきました。「彼氏と別れた」と。その3週間後、A君に告白されました(飲み会のイジリの延長線上な感じだったけど笑)。こんなことになるとは全く思っていませんでした。なぜなら、A君と一緒にいても別の女の子の話ばかりだったので、てっきりその女の子のことが好きなのかと思っていたからです。しかし、自分に自信のない私はこのチャンスを逃したくないと思い、お付き合いを始めることにしました。

―――1年8か月間、一度も出会ったことのない怒る彼が電話の向こうに現れました。

「死んでもらいたい。消え去ってもらいたい。今までの時間返してほしい。」と彼。

「『なんであなたのことの方が好きなのにこんなことしちゃったんだろう』ってすごく後悔してる。」と私。

「うざい。そういうの聞きたくない。」「俺より良い人なんていないよ」などと言われました。

しかし4時間話していると口調が穏やかになり、許されてはいないけれど少し経てば友達に戻れそうな雰囲気になりました。そこで電話終了。

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少し救われた気持ちでいましたが、2日後LINEをブロックされました。(「またごはん行こう」って電話口で言ったの誰だよ。) 

 

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これを機に彼へ言いたいことをここに吐き切りたいと思います。

 

別れ言葉「お互い好きだけど上手くいかないからリセットしよう」も、

電話口の「『なんであなたのことの方が好きなのにこんなことしちゃったんだろう』ってすごく後悔してる。」も嘘です。

あなたを傷つけないためのせめてものクッションでしかありません。

 

この1年8か月、たしかに楽しかったです。しかしすごく窮屈でした。

あなたのイライラするくらい遅い行動ペースに合わせ、ネガティブモードに入った時もイライラを抑えて対応していました。

2人の思い出を覚えていないと「俺は覚えてるけど君は忘れてるよね」とネチネチ。

(脳のキャパ小さいしいろんな人との思い出があるからそんな覚えきれないよ!!!)

またあるときは「俺は君からたくさん影響受けたけど君は何も影響受けてないよね」とネチネチ。

(影響とか感応とか深く考えてる人の方が稀じゃないですか!?)

またあるときは「俺は君だけのために行動してたけど君は俺だけのために何かしてくれた?」と。

(出た、私の嫌いな”自分が犠牲になれば相手は幸せに違いない”理論!)

そして予定が合わないことを私だけのせいにしてくる。私を忙しいキャラにしてグチグチ言わないでほしい。あなたのアポ取りが遅いから予定が埋まっていくだけだっつーの。

 

今の私にはもう我慢の限界でした。形式上は二股をしていたことになりますが、内面的には1か月ほどフリーな時間があったと思います。

 

この選択が正しいかどうかは分かりません。5年後、10年後、ものすごく後悔するかもしれませんが、この選択を受け入れようと思います。

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いじめも両親の離婚も経験すると、人と深い関係になるのが怖くなる。

相手にどっぷり浸かると関係性が変わったときのダメージが大きい。そのくせ人間関係はコロコロ変わる。それなら、誰にも左右されない人間になってオプションとして側にいてくれる人をゲットする、くらいに考えた方が傷つかなくて済む。

 

いつか私も変われるのかな。

 

 

 

 

 

プチ出家しました

周りに咳をしている人が増えたな~どうしてだろう?

とボケーっと考えていたら、いつの間にか11月に突入していたのですね。

そりゃマスクマンも多くなるわけだ。

 

10月はなんか、もう、出ずっぱりな1か月でした。

内定式にはじまり、ハーフマラソン、農業体験、渓流釣り、卸売市場見学などなど。

加えて後輩の面接指導や研究室のバイト、正規のバイト。

その合間に卒論。そりゃ進まないのも理解できますね。

11月も負けないくらい充実しそうです。

 

さて、11月の連休中、天台宗総本山である比叡山延暦寺にて1泊2日のプチ出家してきました。まぁそれはそれは生活の手本となる世界だったので書き綴ろうと思います。

 

○心構え

1.いつもきれいに!

荷物はまとめて一か所にしたり、トイレのスリッパはきれいに並べたり。基本と言われれば基本ですが、普段はちょっと疎かにしがちですよね。いつ誰に見られても恥ずかしくないように、そして心を平穏に保つためにまず身の回りをきれいにすべしということです。

2.うるさくなるところこそ静かに!

食堂、風呂場、本堂など人が集まる場所はどうしてもうるさくなってしまいます。なのでそれらの場所では黙って行動すべし。そして食事中の器の置く音や咀嚼音もならないよう気をつけます。

3.迅速かつ丁寧に!

お風呂は脱衣から着衣までを10分以内、朝も起床後10分以内に出発でした。だらだらせずに素早く行動せよ。しかし雑になっては本末転倒です。素早く行動するときにこそ丁寧に。

 

○食事

少食(しょうじき):朝ごはん。おかゆ

正食(しょうじき):昼ごはん。お坊さんのメインごはんらしいですが、夕ご飯の方が豪華でした。ちなみにメニューは、味ご飯、素麺入りの汁物、漬け物。以上。

非食(ひじき):夕ごはん。「いただきものを食べてる」と解釈しごはんにカウントしないとか。バナナはおやつですか的な?ご飯、汁物、肉じゃがの肉なし、漬け物をいただきました。

食事の前にはなっがーーーーいお経を読み、やっとごはんにありつけます。ちなみに食事中は無言、正座。食べるものの器を持って食べます。

沢庵1枚を残し、お茶を注いで器をすべて沢庵で洗っていきます。これを洗鉢(せんぱつ)と言います。1つの器にお茶を集め最後はごっくん!まずくないのでご心配なく。

 

○生活

22時就寝、4時半起床というとてもとても健康的な生活。

お坊さんの鳴らす鐘の音が合図で次の行動に移ります。

毎日こんな生活をしているからなのか、お坊さん高身長なイケメンばかりでした。

起床後は座禅や参拝に出かけ、三文以上の得をしました。

 

そんなこんなで仏道の世界に魅せられた2日間でした。昔から仏道に憧れを抱いていましたが、やはりこの世界は美しい。日本の美の基盤だと思いました。

今後、日常動作の1つ1つを大切にしていきたいと思います。

お坊さん方、ありがとうございました。

 

下山途中にはロープウェイから虹がみえたり、

下山後の月は今年いちばん美しい満月だったり、

清水寺でひいたおみくじが大吉だったり。

ありがたや~~~。

 

自分と向き合うためにまた出家しようと思います!

ラスボス撃退!

バイトも旅行もやっつけ仕事のようにこなしていくうちに、

夏が終わり、とうとう10月になりました。

外の空気も私の口座も乾燥気味です()

 

さて、10月2日は本面接がありました。

前・右・左を課長10人ほどに囲まれ、背後には監査官。

追い込まれた環境の中でラストバトル開始!

無事に内定をいただくことができました。ほっ。

 

まさか私がこの仕事に就くことになるなんて、誰が予想したでしょう。

せいぜい叔母くらいです。

 

アリが足に上ってきただけでポロポロ涙を流していた私が、

スイミングに行きたくなく仮病で休もうとしたものの、母の「アンパンマンチョコ買ってあげるから行こう?」の誘惑にすぐ負けていた私が、

自らいばらの道へ進むくらいに成長するとは。のびのび育ちすぎました。

 

内定同期と飲んで遊んでワイワイしたわけですが、

みんな勉強ができるだけではなく、何かしら武器を備えているんですよね。

気象予報士の資格を持っていたり、お笑いやっていたり、

馬に乗っていたり、よくわからない経歴だったり。

それから、苦手なことにも健気に向き合うんですよね。

尊敬できる同期がたくさんいて、とても幸せです。

 

楽しい4日間はあっという間に過ぎ去り、

久々にひとり暮らし生活が再開しました。

いつもこのギャップに悲しくなる。うぅ。

甘えん坊で寂しがり屋な性格、

東京ひとり暮らしが始まる前にもう少し直そうと思います。

 

さ、10月も頑張ろう!!

思い出を共有できること

内々定先の同期と二泊三日のドライブ旅をした。

それはそれは楽しかった。

真夜中の高速を走り、車中泊

みんなで美味しいもの食べて、いい景色見て、

夜遅くまでだべって。

とても美しい星空の下で、

大学初の手持ち花火。

同じ部屋に布団並べ、みんなスヤスヤ夢の中。

 

 

この楽しかった思い出を

大好きな人と共有できない。

これ、私にとっては死活問題。

 

どんどん更新される

楽しい思い出や辛い思い出を

より多く共有できる相手に

人は惹かれていくのかな。

なーんて、考えた。

 

少し前までは、子ども時代(せめて大学時代)の様子を互いに知っている人と一緒になりたいなーと思っていたけれど、

先述のように、昔の思い出は共有できても、時が経つにつれ共有できない思い出が増えて、もどかしいような虚しいような気持になってくるんだろうな。

それなら同業者と一緒になって、学生時代は分からないものの、共有できる思い出が増えていく方が幸せなのかもしれない。これはこれで相手の過去が気になって仕方ないんだろうけど。

 

 

何はともあれ、

思い出を共有できる力って強い。

 

 

学生ラストバースデー

2017年8月11日

2回目の山の日でもあるが、

22回目の私の誕生日でもあった。

 

22回目にして

初めて誕生日に家族と会わず

初めて誕生日に労働力となった。

 

今日は

ハイスクールミュージカルを鑑賞し、

初めての骨盤矯正を経験。

大好きなスープストックトーキョーで昼食を食べ、

気になっているケーキ屋さんのケーキを買おうとするも、食欲がなく店の前を通り過ぎる。

アルバイトの穴埋めをし、

美容室で初めて美容師にお任せを頼んだ。

 

予想を超えるたくさんの人から

祝福メッセージが届き、

久しぶりに情報通信社会に感謝した。

たくさんのメッセージありがとうございます。

 

19:45に病院に着き、21:45に産声を上げるというスピード出産。しかも力むこと2回。

 

私の出産はどうなることやら。まだ妊娠すらしてないけれども。

 

とりあえず、ここ数日おならがくさい。

まずはこのおならを何とかしたい所存です。

 

おわり

就職活動が終わりました

1年前は想像もしていなかった道へ進むことになりました。

はじめは地元の県庁へ行き、県民のために働きたいと思っていました。

しかしゼミのOBOG会やたまたま通ったインターン、興味本位で入った就活サークルなどを通じて、国で働きたいという気持ちが強くなりました。

 

私のキャパでは大量の科目の勉強は厳しい。そこで地方上級を諦め国家総合職試験で使う科目に絞ることにしました。

それから、プレーヤーである民間企業のことも知るために民間就活も行いました。

自分の得意・不得意に合わせた「選択と集中」が結果的に成功でした。

 

ざっとこの1年数か月を振り返ると…

2016.5 公務員講座スタート。県庁志望でやる気に満ち溢れる。

2016.7 公務員講座脱落者がちらほら。民間に心変わりしないよう集中する。

2016.9 某省のインターンを機に国家公務員に憧れを抱く。

2016.10~12 就活サークルの面接練習で苦しめられる。

2017.2 民間のインターン。民間で働くのも良いなと思う。

2017.3 民間就活スタート。ES面倒。

2017.4 民間の面談やたら入ってくる。試験勉強が疎かになり、民間に心が揺れる。

2017.5 1次試験ギリギリ合格。民間も順調。

2017.6 行きたい民間の内々定をもらう。就活終了の気分でいたら、まさかの2次試験合格。官庁訪問への切符を手に入れる。

2017.7 ドキドキの官庁訪問。2週間の精神的肉体的闘い。紆余曲折を経て内々定獲得。

 

まさか行きたいところ両方から内々定をもらえるとは思っていなかったので困惑。

覚悟を決めて企業に内々定を辞退することにしました。

怒られると思いきや、祝福と応援の声をかけられました。

さらに一緒に働けないことを残念がってくださって涙が出そうになりました。

この企業、官庁訪問で会った職員からも「1つ1つしっかい仕事をする」「あんなに地域思いの企業はなかなかない」「温厚な人が多い」など褒めの声をたくさん聞きました。

最高の相手を振った気分。胸が痛い。

 

就職活動を通して、さまざまな人に出会い貴重な経験を積むことができました。

開始当初には想像のつかなかった職ですが、はじめからブレずにあるのは

地方で暮らし続けることのできる社会にする

という目標です。

いろいろな方法があるけれども、最終的に選んだ道を信じて邁進していきたいと思います。

 

就活たのしかったー!!

 

 

おわり

 

無題。

本日,某省の講演に参加。

18年目の自称若手職員(※室長)。

 

地域社会の在り方について,自身の経験を踏まえながら話してくださった。

・「自助」「互助」「共助」を高めていく必要がある

・国は自治体等をサポートする役に回る

ざっくり話の内容はこんな感じ。

 

その体制,私も理想だと思う。が,理想は理想。

言い方を悪くすれば

現代の日本人は,

人と関わろうとせず,好き勝手行動する利己主義者。

自分も然りってところがまた情けない。

 

ネットが発展して友人と気軽に繋がれるため,わざわざ新しいコミュニティを求めない。さらに「おひとりさま」をターゲットにしたビジネスが受け入れられ,孤独が肯定される世の中に。

選択肢の幅が広がり,幸福追求が複雑化。

まるで「よそはよそ,うちはうち」=「よその不幸は関係ない,自分が幸せであればいい」の構図がつくられているかのように感じる。

 

ここで自分の中で葛藤。

利己主義者の人なんて放っておけ。そんな自由奔放に生きている人はどうなってもいい。気に掛ける必要はない。

vs

いやいや,利己主義者が増えたからこそ社会的弱者を救うために制度を確立するべき。

どんな道を選んでもセーフティーネットがあることで,より豊かな日本になる。

それに理想の社会を現実にするためには長い間,その理想社会の価値を国民に訴え続ける必要がある。今は変革に向けて我慢。そんな段階。

 

仕事だってなんだって,誰かがやらなければ他の誰かがやるもんなんだ。

だから,国がやらなくてもいい業務はあると思う。

国の立場,行政の立場を見直して,本当に必要なものだけを行う。

そして企業なり他の団体が活動するときに手こずっていたらサポートすればいい。

国の役割はそんなもんでいい。そのくらいがちょうどいい。

 

今後,日本をどうしていこうか。