苦手なもの

ここ3日連続、大好きな人たちとのお別れ会。

先輩大好き派な私にとって、この時期はとてもナイーブ。

 

別れは何度経験しても苦手である。1つ上の先輩が卒業するパターンはとくに。

自分が卒業するときは、別れと引き換えに新たな出会いが待ってるから、寂しさをワクワクでカバーできる。しかし先輩が卒業するときは、大好きな先輩が新しい世界に飛び込む一方で自分だけが取り残される。そんな虚無感に資する出会いがない。Where is ワクワク。

 

そんなこんなで本日の勉強進捗は民法10問のみ。

こんな日もあるとか言ってられないが、こんな日もある。

 

私も一年後、こんなふうに後輩に思われたいものである。

 

さてと。明日から切り替えじゃい。

 

 

 

 

 

ゆっくり大人になればいい

"いまは寿命が倍に延びて、君たちならたぶん90歳前後まで生きるのでしょうから、成人式はその半分よりちょっと前の、40歳くらいでいい感覚ではないかと思うのです。ゆっくり大人になればいい。"

 

なるほどね!40歳まで恥かいて良いって考えると、これからの20年間もぐんぐん成長できそうだ。まだ子ども折り返し地点です\(^o^)/

 

diamond.jp

矯正器具さよなら!

矯正のために抜歯4本

ついでに親不知も4本

いやはや、抜いた抜いた。

みなさん歯はおだいじに。


しっかし綺麗な歯並びになるのは嬉しいものだ。

始めた頃がこれ。約1年半前。

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そしてこれが今日。

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こんなに噛み合ってなかったのか…驚き。


歯は動くんだなぁー ということと、

1日1日必ず変化する。だから大事に生きろ。

ということを歯列矯正の過程で学びました。


No more 抜歯。 No more 虫歯。


震災から6年。

東日本大震災から今日で6年が経過。

あの日、中学の卒業式を迎えた私は、大学4年生になろうとしている。

 

先日、先生と話していたときのこと。

「あなたにとって、あの震災はインパクトが大きいですか~そうですか~」

と何度も投げかけられた。

 

いやいや、誰にとってもあの震災はインパクト大きいでしょうよ。

と、この6年間何の疑いもなく思っていたが、それは非常に狭い思考であった。

 

当時15歳だった私にとって、あの震災は今後の進路を決める大きな要素となった。

しかし、当時47歳の先生にとっての震災は位置づけが異なる。

 

それが分かったとき、「私は3.11に縛られていたのかもしれない」

と考え始めるようになった。

(気づけば無意識のうちに出来事を震災前後で分けるクセがついていた。)

震災を経験したからといって、震災に縛られる必要はないのである。

 

 

そのようなことを考え始めた今、

「被災県出身として地元を背負わなければならない」

という今まで感じてきた使命感に疑念が生じている。

 

それから、

「被災県で震災を経験したが、家も家族も友人も無事な私は、はたして自分を被災者と捉えて良いのだろうか。震災を語る資格はあるのだろうか。」

という気持ちになり、これまでの言動がいたたまれない。

 

 

東日本大震災やそれに関連する出来事を

人生においてどのような位置づけにすべきか分からない。

それらとどう向き合っていくべきか分からない。

 

バイタリティ溢れる人の共通項

困難に直面したとき、社会的ネットワークを構築している人は強い。

 

なんて結論づけた論文があったのか。

「長年培ってきた友人たちとの人脈によって、私はたくさん助けられてきました」

…!?

この前わたしの感じた心理そのままであった。おどろき。わたし学者になれるぞ。

 

https://www.google.co.jp/amp/www.lifehacker.jp/amp/2015/11/20151129_vitality.html

吉田が関オープンゼミ

3/2,3 幹部級講演会どどんのどん。

原点回帰してあっちゃこっちゃ見学。

林の庁内は木をふんだんに使ってるのね。良き。

 

自分の仕事の成果が見えにくい、そのくせ批判は浴びまくりな職場で

どう仕事のモチベーションを維持しているのか。

2人に聞いてみた。

1人目: 確かに対面の仕事じゃないから成果は見えにくいが、自分の関わる法律が審議されて通って世に送り出されるときの達成感はたまらない。

2人目:成果見えにくいとは思わない。上手く人に伝わる資料を作れたり、上司にレクして納得してもらえたりすると自分の仕事の成果や成長を感じる。

2人とも異なる視点で語っていて面白かった。

 

2日間で5つの府省。全体での質問3回。

質問をもっと簡潔に話せるようにせねば。

 

全体を通して、行政な立ち位置や企業や団体との関係性など以前より理解できた。やはり幹部級だと熱さだけではないから、気づくことはたくさんあった。

 

 

初日の夜は吉田蝉オープン。

まさかの御三家が集まってくださった。写真撮ればよかったなぁ。

もう感謝感謝の感謝。素敵な先輩に恵まれた。

お世話になりました。

 

インターンで出会った尊敬する友人と再会。

さらに輝いていた。すてき。

半年ぶりに会ったいとこ。大きなリラックマのぬいぐるみ手に入れてた。かわいい。

 

満員電車で押されて目の前のお兄さんのスマホなキスしちゃいました。お兄さん、美人の唇じゃなくてごめんなさい。怒らないでくれてありがとう。

東京の人も温かいですね。

日比谷の図書館も温かくて居心地良かったです。

 

この記事たわいなさすぎるな。

 

さて、やるぞーーーー!!

地道にこつこつ一歩ずつ。

精神慰労の帰省も終わり。

また明日から仙台でのひとり暮らしである。

 

今回の帰省をまとめると

・家族は先回りして私の気持ちを気遣ってくれている

・混乱したら、過去に戻って1つずつ整理する

・旧友の存在は必要不可欠

・「帰る場所があるから頑張れる」という言葉が身に染みて分かった

と、こんな感じ。

 

 

帰省前のこと。

ちょうど心がポキっと折れたとき、尊敬する人が

「どうせ心は折れるもんだと諦めて、気持ちがどん底になってから早くこっちの世界に戻ってくるにはどうしたらいいかを考えると気持ちが楽」

と投稿していて、その書き込みに非常に救われた。帰省中はそれを意識して生活していたのである。そしたらびっくり。順調に気分が安らいだのである。

Mさん、ここで感謝申し上げます。

 

 

そんなこんなで、今回の精神疲労のおかげで

家族、友人、その他今までにお世話になった人、過去の自分に支えられて

私はこの道を歩んでいるんだなぁ~と実感。

 

地道にこつこつ一歩ずつ。

やはりこれが私の核である。ポテンシャル皆無な私は、人一倍時間がかかる。

手を抜けば何も身につかない。そんな人間。

勉強、自分の能力を過信していたな…反省。

 

また明日から、

地道にこつこつ一歩ずつ。

 

 

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「人間関係、部活、勉強、すべてをとっても、今までの成果は地道な努力の上にあったでしょ」と教えてくれる、中学3年間の生活記録『心の泉ノート』

 

思い出がたくさん詰まったサブトラック。駅伝3kmコースを幼馴染と散歩。

 

帰る場所があるから頑張れる。