バレーは社会の縮図である

「この世の中は誰が動かしているんだろう」

これが中学生から延々と考えていたテーマだった。

今までずっと行政機関だと思ってたが、話を聞くほど、長い間誤解していたと感じた。

 

そんなこんなで辿り着いた先は

「世の中は相互作用で動いている。探し求めていたWhoは存在しない。」

という考えである。結局平凡な結論に至った。

 

そう考えたとき、社会とバレーボールは似ていると感じた。

 

バレーボールのルールを作っている人たちは国家

監督は都道府県

キャプテンは県の中でリーダーシップのある市町村(アタッカーの場合も、セッターの場合もある)

エースは県の顔となる市町村なり企業

(キャプテンエースな県もある)

その他プレーヤーは企業

観客はその自治体にすむ人々。その中でもメガホン持って仕切ってるのは有力者やマスコミかな。

 

こう当てはめると、個人的にとても腑に落ちる。

共通ルールが変わればプレーの仕方が変わるが、試合展開まで変えられるわけじゃない。

1人だけが頑張ってもボールを繋げることはできない。多くのプレーヤー(団体)がいてこそ成り立つ。

ボールの動きは止められない。世の動きは止められない。

観客の応援があってこそプレーヤーの力が発揮される。人々が賛同すれば大きな力になる。逆にブーイングされ続けるとプレーヤーの本来の力もチーム全体のムードも下がる。

 

バレーボールこの社会も、みんなで繋いでつくりあげていく。

バレーボールは社会の仕組みを表す縮図だなぁなんて考える朝であった。

 

結論、バレーボールは最高のスポーツである。