スーパーの休憩スペースの存在意義

今日は某企業の面談。

13:30からだと思っていたらまさかの午後3:30。担当者さんご迷惑おかけしました。

 

昼にコーヒー飲みすぎてもうカフェは行きたくない。→さて、どこ行く? →あ、近くのスーパーに座るところあったな

 

そしてスーパーの休憩スペースへ。

このスーパーは高齢者もよく買い物に来るので、各階のエスカレーター脇に椅子とテーブルが配置されている。私も2人が向かい合う席に着いた。

 

おばあさんAが私の向かい席に座ってきた。

カーネーションを買いにきたらしい。亡くなったお母様にも毎年カーネーションをお供えしているとか。素敵。今年は植木鉢スタイルが流行りらしい。

就活の話もしたが、私の受けるところ全て知っていた。どこもいいところと太鼓判をおされる。チョコをくれた。ありがとう。

明日は雨らしい。

 

おばあさんAが去った後、今度はおばあさんB。昨日すき家に行ったら階段で転んでしまったとか。お大事になさってください。

歯が綺麗と褒められる。歯列矯正をしたと答えると、その歯医者を教えてくれとのこと。紙に書いてあげたら綺麗な字と褒められた。初めて言われた。

それから某薬局の電話番号をスマホで調べてくれと。息子さんが調べてくれないらしい。そこは助けてあげようよ、と他人の家族関係に介入しそうになったのでぐっとこらえる。

またもや歯が綺麗と褒められる。次来たときに300円ほどの歯ブラシをあげたいとの熱烈なオファーを受ける。おぉ、今の歯ブラシ5本買える。しかし自分で買うとお断りした。

ランチパック1枚と、ようかんをいただいた。なんて気前がいいの!ごちそうさまです!

 

どちらのおばあさんも、歳を重ねると家族が近くにいなかったり、素っ気なかったりで話す相手がいないとのこと。買い物に来て休憩スペースでおしゃべりすることがとても楽しいらしい。

 

ここに来るまでは、高齢者の体力を気遣って休憩スペースを設けている、ただそれだけのことと思ったが、このスペースの果たす役割はそれだけでない。高齢者の交流の場としても機能している。若者じゃ見知らぬ人と会話などしないから、副次的機能を見落としていた。

 

改めて、スーパーの休憩スペースの存在意義を感じたのであった。ある意味、面談時間まちがえて良かった。